【宗門からの独立を画策した証拠文書】
*以下に挙げる報告書は、創価学会の副会長・幹部・顧問弁護士など側近が池田会長へ逐一報告した創価学会の内部文書(報告書)であり、内部流失したものである。
【山崎・八尋報告書 本山について (昭和49年4月12日)】
この報告書は創価学会顧問弁護士だった山崎正友と八尋氏が池田大作へ報告したものです。
ここでは、
①本山事務機構(法人事務、経理事務)の実質的支配
②財政面の支配(学会依存度を高める)
③渉外面の支配
④信者に対する統率権の支配(宗制、宗規における法華講総講頭の権限の確立・海外布教権の確立等)
⑤墓地、典礼の執行権の移譲
⑥総代による末寺支配 が必要と提案されている。
*信徒団体として宗門外護団体であることを条件に宗教法人を取得した創価学会が、宗門の支配を企
むこと自体、既に信徒としての資格は失われている。
【北條・山崎報告書 Gの発言 (昭和49年5月9日)】
Gの考え(Gとは日達上人のことである)
ここでは
➀創価学会から申し入れのあった、『日蓮正宗国際センター』設立構想について、「国際センターを作
ることは結構だが学会で作りなさい。日蓮正宗と別個にしてくれ。関係なしにしてくれ。海外では寺
院は要らぬ。坊主は返される。日蓮正宗はいらないでしょう」
②「公衆の面前で私を罵倒した。あれでは管長の権威は丸潰れだ。私は我慢した。ああいわれる覚えは
ない」
③「今、本山の会計を見ているのは十三億円を見つけに来ているのでしょう。十三億などあるわけが無
い」
④「最近学会では謗法が多い。淺間神社の堀を掃除した。あんなことは市にやらせればいいじゃないか」
などの猊下の発言が読み取れる。
*『日蓮正宗国際センター』設立構想とは、海外布教を名目とし、宗教法人創価学会・宗教法人日蓮正宗
のさらに上部組織としてホールディングスのような組織を作り、池田がトップに座ることにより、日
蓮正宗全体をコントロールしようと目論んだものである。(これが日達上人から拒否され、現在のS
GI・創価学会インターナショナルとなった)
* 創価学会が作った海外寺院での『ご供養』は、創価学会が管理していた。
* 十三億五千万円は正本堂費の残余金があるものと思い、創価学会への寄付を要求した。
* 創価学会は正本堂完成後は世間への迎合を図ることを目的に、謗法を容認した。
【北條浩報告書 (昭和49年5月10日)本山の件】
よほど急いだのか、前日の走り書き程度の報告書を翌日改めて提出しています。
ここにも
①「国際センター」の設立は創価学会でやってください。日蓮正宗には関係なくやってください。
寺院はいらない、坊さんはいらない、追い返される。日蓮正宗は関係ないでしょう。
② 昨年10月に公衆の面前で池田会長さんは私を罵倒した。管長の権威は丸潰れだ。私は我慢した。
③(会長の十三億5千万円の要求に対し、)いきなり十億といわれた。十億あるなんて云った覚えはない。
④日蓮正宗は小さくても良い。七百年の伝統を護ることが大事なんだ。
⑤最近、学会では謗法が多い。淺間神社の堀なんかは市にやらせればいいじゃないか。聖教新聞にも
(寺社仏閣の)祭りに参加しても良いようなことが書いてある。
⑥今、お山(創価学会が要求し、本山の会計監査を行なった)の会計を見ているのは、十億円あるかど
うか調べているんでしょう。との日達上人の言動が拝察される。
【北条浩報告書 宗門の件 (昭和49年6月18日)】
「宗門の件」報告書では
①「最近あるところでは、新しい本仏ができたようなことを宣伝しておるということを薄々聞き
ました。大変間違ったことであります。」
②「今、我々は大変馬鹿にされている。坊主、坊主と言って馬鹿にされている。」
③「自分の知恵をもって、大きく法門を展開することは恐ろしい、、、(僧侶自ら)進んで寺院を
増やし、僧侶を増やし、、(増やさなければならない)」との日達上人の言動が見らす。
また、北条浩の意見として
④長期的に見れば上手く別れる以外にないと思う。との考えが記されている。
「かねて先生のおっしゃていた通り、私たちには想像のできないみにくい姿であります」
とあるように、池田大作は、本来信仰上お守りすべき宗門・管長をことあるごとに非難してい
た様子がわかる。
*(Mとは妙信講のことです。改称し富士大石寺顕正を名乗っている)
山崎正友(顧問弁護士) 報告書 (昭和51年6月20日)
【宗僧・阿部信雄(教学部長)の創価学会への肩入れと内通】
第六十六世日達上人(日蓮正宗総本山大石寺管長)の逝去(昭和54年)に際し、自ら相承を受けたと名乗り 出る宗僧・阿部信雄(教学部長)は、創価学会の支持を得られなければ法主としての座は得られないと考え、この頃、頻繁に学会と連絡を取り合っていて、昭和52年に起こった一連の『僧侶吊し上げ事件』の発端となる菅野憲道師が発表した日蓮正宗機関誌『富士学報5号』に掲載された宗門教義を守る正論の論文を学会批判と捉え、自ら学会へご忠信とばかりに届けている。
さらには創価学会が本山の許可なく7体もの御本尊を模刻し、各本部へ掲げ会員へ崇拝させていたことが 明るみに出て、創価学会の謗法が表面化し、宗内僧侶の2/3もの僧侶たちが学会指導に異を唱えたものを、 詐称法主として抑えこみ、創価学会と結託して200名以上の僧侶の僧籍を剥奪して宗門外に追い出したのである。
後に、阿部は「創価学会・池田先生の教えは完璧です。」と発言している。
(報告者の創価学会副理事長・顧問弁護士、山崎正友は池田の指示により主に盗聴や暴力団との連携など、いわゆる”汚れ役”を行っていたが、報告後に創価学会へ疑問を感じ脱会し、逆に創価学会を恐喝して三億円を受け取っている。この後、さらに五億円を要求したことから創価学会が告訴し、山崎は有罪となった)
【原島嵩報告書((昭和52.10.10) 厚田にて 工藤氏の話】
学会の意に沿わない日達上人を日淳上人を引き合いに出し、学会にとって都合の良いように非難し、
さらには宗門僧侶な中の親学会派、反学会派を選別している様子が伺える。
【竹岡報告書(昭和52.10.21) 僧侶吊し上げ報告書】
宗門支配・宗門からの完全独立を模索した創価学会は、逆に本尊模刻、池田会長本仏論、寺社仏閣の
祭り参加容認など数々の謗法行為を日達上人から指摘、是正を促せられた。
これに反発した池田は、創価学会への批判派僧侶の中でも道号(日達上人の直弟子を指す)を持つ住
職たちを集中的に学会本部などへ呼び出し、中には述べ2日間に渡り計15時間半にも及ぶ「吊し上げ」
を行い、謝罪と詫び状の提出を迫ったものである。
創価学会草創期の約束(信徒は寺院に付ける・日蓮正宗の教義を守る・三宝の仏法僧を守る)は眼中
になく、日蓮正宗の古来からの檀信徒組織・全国法華講全国連合会を無視し、創価学会は独善的に池田
会長指示のもと僧侶の吊し上げが行われた。
果たして、これが信仰心のある団体のすることだろうか。
日達上人も富士門流の教義を死守するため懸命に善導を試みたものの、取り巻きの宗務役僧はことご
とく学会に懐柔され、日達上人もやむなく慈悲の心から「今少し様子を見る」としたため、泣く泣く「
詫び状」を創価学会へ提出した住職も多かった。