菅野憲道師が後見し設立された、正信会有志が集う興風談所の出版する書籍は、他の日蓮教団からも注目され、研究の対象にもなっている。そして日蓮遺文をデータベース管理システム『桐』用にプラグイン化した「御書システム」を、各方面の研究者向けに無償ダウンロード配布しており、CD-R版の有償配布も行っている。日蓮興門派以外の日蓮系寺院にも注目されており、その理由の一つとして各日蓮宗各派に赴き、訂正・改訂を積極的に進めていることが挙げられる。
日蓮正宗の碩学、手塚寛道師は御書システムおよび書籍類など正信会の学問的業績を高く評価していた。
(ウイキペディア・フリー百科事典より、要文抜粋)

『興風』第32号及び最新号第33号
(日蓮大聖人御生誕八百年・興風談所設立四十年記念特集号)
興風談所風景










興風談所沿革
(1)開設年月日 昭和56年4月25日
(2)所在場所 岡山県岡山市北区富吉2168番地
(3)代表役員 池田令道
(4)所員 山上弘道 古川伯道 成田詳道 成田教道 菅原関道 渡邉信朝 坂井法曄
(5)興風談所の沿革
昭和52年頃、日蓮正宗宗門と創価学会(信徒団体)との間に教義的な軋轢が起こり、学会の教義逸脱を糾すべく宗門において所謂「正信覚醒運動」が盛んになった。この運動は昭和55年に至り、(これを支援した細井日達上人/代表役員の死去により)管長の座を簒奪した阿部日顕師により弾圧されることになり、終局的に、宗門は所属住職の3分の1にもあたる大量の擯斥処分(僧籍剥奪処分)を行った。当時、これらの事態を憂慮する多くの僧俗は全国的にさまざまな活動を展開したが、「興風談所」は、これらの紛争の本質に宗門の腐敗と教義の歪曲があると思慮し、昭和56年初旬、日蓮教学及び日興門流の宗史・宗学の研鑽と啓蒙に努め、かつ信徒の教化育成を第一義的な目的とする活動拠点として、同年4月25日、源立寺:菅野憲道師の後見のもと岡山県岡山市(現:北区)富吉2168番地に土地・建物を取得したものである。設立時の僧侶として、関慈謙、池田令道、山上弘道、成田詳道、古川伯道、大黒喜道(故人)、成田教道ほか若干名、信徒として加藤信之、水嶋国男、横山碩致(故人)、岡田義和ほか30数名が当団体の主旨に賛同し、僧籍者(僧侶)は興風談所所員となり、信徒は興風談所所属の信徒(講員)となったものである。当団体設立時の建物は、既存民家にわずかの増築ないし内装工事を施し、礼拝施設を整えたものであったが、昭和59年に至り、本堂増築工事を竣工させて、現在の寺院形態となった。(平成30年9月21日、宗教法人設立登記済)。なお代表者の変遷については、初代主管:関慈謙(昭和56年4月~同60年1月)、第2代主管:大黒喜道(昭和61年2月~同62年5月)、第3代主管:池田令道(昭和62年6月~現在に至る)。

興風談所刊行物関係目録
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