• 心の宝をつむ正信の指標

創価学会の謗法逸脱と日蓮正宗の血脈断絶 その9

ふたりの第六天の魔王(日顕・池田会長)同士の戦い

 『創価学会は末法にあって今後も出ない団体です』『社会に開いた先生の教学はよくわかります。
 完璧であると思います。』『正信会の200名の僧籍剥奪をしても、創価学会を守った』とする阿
 部宗門と『今度の猊下は盤石だから強気でいけ』『坊主の中にもいい奴がいる、次は阿部にしよ
 う』(池田)と当初は相思相愛だった関係もわずか10年あまりで遂に魔王同士の戦いとなる。
  ことの発端は第35回本部幹部会(平成2年11月16日)における池田のスピーチを問題視した宗門・
 日顕が「お尋ね」書を創価学会に出したのが始まりである。

問題とされた池田の発言
1、「文化運動、ね。文化も一生懸命、今、仏法を基調にしてね、文化、平和。文化はいら
   ないと、謗法だ。もうわけがわからない、ね。なんにも苦労してないから。本当のこ
   とを、社会を知らないから、折伏もしてないから。(中略)それがいけないって言う
   んですよ。折伏だけで、全部教条的にね、やれおかしいよって言うんだ。
   おかしいよ。」
2、「猊下というものは信徒の幸福を考えなきゃけない。権力じゃありません。」
3、「全然、また難しい教義、聞いたって解んないんだ。誰も解らないんだ、ドイツ語聞い
   てるみたいにね。それで『俺偉いんだ。お前ども、信者、信者』って。そんなのあり
   ませんよ、この時代に。時代と共にやればいい、学会は』
4、「あくまで御書です。御本尊です。法は。これが解ればいいんです。あと、ちゃんと日
   淳上人、それから堀猊下、全部日達上人、きちーっと学会を守ってますよね」 
  

 これに対し、創価学会は
 1、日顕に「法主の発言を封じた。驕慢だ!驕慢謗法だ」とどなられた。
 2、日顕から「学会の記念行事があるので、お講に行かなくてもよいと、あんた自身が
   地域の総代に言ったじゃないか」と池田が詰められた。
 3、学会との連絡会議において大村教学部長(宗門側)が学会を退会した福島源次郎著の
   書を使い、秋谷に学会批判をした。
 4、宣徳寺(世田谷)増改築法要時の髙橋法雄(調御寺住職)の法話が不適切ではないか。
 5、日顕が「驕慢謗法」だと怒鳴った後、池田に対し「懲罰にかける」といった。
 6、「正信会が血脈を否定してまで法主を批判した原因は学会にある」との日顕の言葉は、
    どうとれば良いか思案に苦しむ。学会とは関係ない問題と捉えている。
 7、日顕から「最近の学会は、折伏しなくなった」云々、と言われますが行なっています。
 8、週刊誌に、お目通の際『日顕の前で、池田が机を叩いて怒鳴った』と報道されたが、
   捏造記事であり、宗内にその旨を告知して頂きたい。
 9、寺院寄進計画が遅れていることを、何の労いもなく詰問された。もともと寄進は契約
   ではない。遅れを問うなどということはやめて頂きたい。
 

 これ以降も、宗創のやり取りがあり結局は創価学会を破門としますが、まったくもって子供の喧嘩。
互いに低次元の不信の投げ合いで、もう少し信仰者として教義問題・信仰のあり方について・信仰を
持つ大切さ・人生の生き方・本来の教義の正邪などを中心に戦って欲しいのですが、欲に惑わせられ
るとこのようになるのでしょう。信者の立場から見たらあまりにも酷いので掲載は致しません。
(詳細をご覧になりたい方は日蓮正宗公式ホームページ・蓮華倶楽部「創価学会離反の真相」に詳細
 が出いますのでご覧ください。創価学会とのやりとりは事実が記されていますが、前半部分の教義
 的には誤りがありますのでご注意ください。)

第六天の魔王とは   寺報「恵日」令和4年12月号より

 『法主絶対』・『池田会長絶対』の誤り

(現在制作中です。)

 二人の誤った考え方は思考も瓜二つ。さすがに、いっとき相思相愛でお互いが認め合っただけの
ことはあるが、我欲優先の二人が争うようになるのは時間の問題だった。そこには、純真な教義問
題などどこにも存在しなかったのである。
池田・日顕 瓜二つの誤りと強弁
 『毒気深入 失本心故』とはまさにお二人。過剰なご利益信仰・罰論を振りかざし、権威ぶり、
私欲のために御本尊をモノ扱い。『常住此説法 我常住於此』『因其心恋慕 乃出為説法」(寿量
品第十六)の常住不滅の教説を忘れ、 御本尊をモノと見る。モノと見る限り、日蓮大聖人の御内証を
仰ぐこともできず『境地冥合』も『感応道交』も生まれてこない。したがって六根清浄の功徳はお
ろか成仏すらできないのである。
  ①自分こそ絶対との権力思考
  ②相承詐称
  ③権力維持のための勢力拡大
  ④豪奢な暮らし
  ⑤批判派を弾圧。追い落とす無慈悲
  ⑥無反省
  ⑦信仰心の欠如
  ⑧貪欲
  〜富士の立義における血脈相承とは〜
『信と云い血脈と云い法水と云う事は同じ事である』(日有上人)
『富士の立義聊かも先師の御弘通に違せざる事』(日興上人)

 これらは、当然ながら日興門流に伝わる日蓮大聖人・日興上人のお姿を通じて、その師弟相対の姿
を正しく拝する、一切衆生救済正法厳護の精神、師弟に流る心(法水)を指している筈である。

「私としては自分を折伏したんですね。「あの仏勅の団体の創価学会に対して少しでも気分が合わないということはおかしい。自分自身が謗法・罪障・煩悩があるためだ」というふうに思って、自分自身を徹底的に折伏して、しきったところで教学部長になったわけなんです。」
「創価学会がやはり仏勅の団体であり、広宣流布の団体で、何としても揺るがない正義がそこに存在しているんだということを思い込んできてしまいましたから、そこらへんがどうにも私自身が先に立って批判するという形が取れない。なかなか一つのものを読んでも素直にそういうふうには取れなかったんですね。」(平成十年日蓮正宗教師講習会での詐称法主日顕の発言)

 上記の阿部(日顕)の発言を読んで、創価学会を盲信した日顕に日蓮正宗の法水があると思いますか?
「聊も違わず」どころか「自分を折伏」した時点で、宗門僧侶でありながら創価教に改宗していたのです。
 奇しくも北條が創価学会副会長でありながら「私の(創価学会)入信前の宗教は日蓮正宗です」と宣言し
 たことと何ら変わりません。

ここで、法主に対する日達上人と日顕の違いを見てみます。
「我々即身成仏の師匠は宗祖大聖人である。私はただ、その大聖人の御本尊、すなわち大聖人をお護りしておるにすぎないのであります。皆様の直接に戒壇の御本尊に向かって唱えるところの題目こそ、即身成仏の題目である」(日達上人・昭和51年11月28日・全国法華講青年部大会)
「我が宗の三宝は、御本尊が法宝、大聖人が仏宝、日興上人が僧宝と立てます。それに対して日目は座主である。、、、その日目聖人の後は、皆筒の流れのようにそれを受け継いでいくにすぎない。だから代々の法主が日蓮大聖人ではない。大聖人そのものと間違って書かれてよく問題が起きますが、その点ははっきりしてもらいたい。」(日達上人・昭和52年5月26日・寺族同心会)
                                              
「法主の心に背いて唱える題目は、功徳はありません。これだけはハッキリと申し上げておきます。ですから、『法主にも誤りがあるんだ』などということ信者に言いふらす僧侶も、また、それを信じて平気で法主を誹謗するような信徒も同じくそういう人の唱えるお題目に功徳はない、と私は申し上げるものであります。(日顕・昭和55年7月4日・全国教師指導会)
「人法一個の御法体を御所持遊ばす御尊体」と、まるで日蓮大聖人へとって変わったような表現を繰り返し行っている。
【恵日 令和5年2月号『本師は日蓮大聖人』・『貫主絶対は富士の立儀にあらず】(継命新聞社)・大山謙道師著から抜粋

 さらには阿部(日顕)は大化城、六壺、総坊、大客殿、正本堂と前師、日達上人時代に建てられた建物
を全て破壊し、次々と新しい、建物に変えてしまっている。先師日達上人への思慕や畏敬、赤誠のご供
養をした信徒を考えれば、このような行動はできないはずである。まして日蓮大聖人と日興上人の常随
給仕の姿、師弟相対の姿からは相当かけ離れたものである。
 池田・日顕お二人に共通する『毒気深入 失本心故』
①権力欲
②金銭欲
③支配欲
④自己顕示欲
⑤恫喝・迫害
⑥無慈悲
⑦謗法
⑧放蕩
⑨懺悔・反省の欠如
➉六根清浄の欠落
⑪信仰心の欠落

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