この文書は昭和51年当時、宗門からの独立を画策し、創価学会が池田大作会長を「現代におけるご本仏」、会長著とする「人間革命」(ゴーストライターが記したもの)を「現代の御書」と盛んに会員に指導。「もはや本尊はどれも同じ」として法主の許可なしに数多くの御本尊模刻を行い会館へ安置・礼拝させるなど宗門の教義から著しく逸脱していったことに対し、宗門内で問題となり、先師日達上人が『かなり末端の人まで本仏云々ということがありますので、よく指導してください』と創価学会を注意した時の報告書である。
当時の創価学会顧問弁護士、山崎正友氏は創価学会に染まってしまった宗門の阿部信雄(当時教学部長)と密接に連絡を取り合っていた。
66世日達上人の突然の逝去に際し、池田大作創価学会会長と談合し猊座を詐称し、後に日顕と名乗る阿部信雄師
は、後にこのように述べている。
『あの頃、教学部長をしておって迂闊だったけれども、あまり創価学会における邪義を破折することを行わなかった、、私としては自分自身を折伏したんですね。「あの仏勅の団体の創価学会に対して少しでも気分が合わないということはおかしい。自分自身が謗法、罪障、煩悩があるためだ」というふうに思って、自分自身を徹底的に折伏して、しきったところで教学部長になったわけです』(平成十年、本山における日蓮正宗教師講習会席上での発言)
それ以前にも『池田先生の教えは完璧です』と発言し、創価学会を擁護し続け、反して正信の僧侶を弾圧。1/3もの僧侶の僧籍剥奪を強行したのです。このように、創価学会へ傾倒していたことを認めている。(阿部日顕、正信会の正当性を認める、から引用)
平成10年の教師講習会では正信覚醒運動の正しさを認めながらも、正信覚醒運動の僧侶に一切の謝罪もなされず
猊座に居続けたことは一般常識では考えられないこと。真偽あるいは信義を重んじる法華経精神からいえば、過去の誤り反省があるなら謝罪は当然であり、阿部師の人としての人格も疑われる。
このような自称法主を支えなければならない日蓮正宗本山側僧侶も哀れである。